東京地方裁判所 平成7年(ワ)2513号 判決 1995年10月11日
原告
有限会社仁科屋
右代表者代表取締役
馬橋利昌
右訴訟代理人弁護士
坂本隆
同
金子正志
同
井堀周作
被告
乙野太郎
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告は原告に対し、平成六年一一月一日から右明渡ずみまで一か月金一四万六〇二三円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一ないし三項同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告に対し、昭和五九年四月一〇日から別紙物件目録記載の建物(以下「本件貸室」という)を賃貸し、その後契約更新を続け、最近では平成六年五月九日付で次のとおりの賃貸借契約が更新締結された。
(一) 用途 事務所
(二) 期間 平成六年四月一日から平成八年三月三一日まで
(三) 賃料 月額一三万円
管理費 月額
一万一七七〇円
消費税 月額四二五三円
(以下、これらを併せて「賃料等」という)
いずれも毎月末日までに翌月分を支払う。
(四) 賃借人は共同生活の秩序を守り、近隣より苦情が出たり他人の迷惑になるような行為をしてはならない。
2(一) 本件貸室は地上一一階建ビルの七階の一室である。同じ階には本件貸室を含め四戸の住居ないし事務所区画が存する。
(二) 被告は、昭和五九年頃本件貸室に入居した後、直ちに本件貸室を「乙野興業」の名称の暴力団組事務所として使用した。「乙野興業」は暴力団対策法の指定暴力団である「国粋会」の系列下に属する組であり、被告を組長とし、構成員は約二〇名程度とされている。
(三) 原告としては、被告が暴力団関係者であることは知らず、まして貸した部屋が暴力団組事務所として使用されることは全く予測できなかったものであった。
右は本件賃貸借契約に定められた物産会社の事務所、すなわち一般の商取引を営むための事務所としての用途の約定に反するものである。
3(一) 本件貸室の中は神棚のようなものが飾られていたり、破門状が張り出されていたりして、暴力団組事務所らしい雰囲気になっている。本件貸室の存するビル(以下「本件ビル」という)の周辺にはベンツの車が何台も来たり、暴力団関係者らしい者もしょっちゅう出入りするようになった。本件ビルの一階は原告の営業する和菓子売場兼喫茶ペースになっているが、そこにも組関係者らしき者が出入りするようになった。
(二) 原告は、大変なことになった、被告を退去させたいと考えたが、後難を恐れ、正面から立退きを求めることはできない状況にあった。
(三) 本件ビルには他に居住者やテナントが存するが、これらの人たちや近隣の人からも苦情が出されるようになった。
(四) 最初の賃貸借契約更新の際、原告は被告から更新料(本来一か月分)を半額にするように要求され、やむをえず承諾した。その後の更新の際も、契約書には一か月分と記載されているにもかかわらず、実際には半月分に減額されてしまった。
4(一) 平成六年一一月一七日午前四時半頃、本件貸室のドアに銃弾が三発打ち込まれ、鉄製のドア板等が銃弾貫通した穴が開く等で破損するという事件が起こった。右事件は、被告の所属する暴力団組織(暴力団対策法指定暴力団である国粋会)と他の組織(同様に指定暴力団である山口組)の一連の抗争事件の一つとして起こったものであり、このことは直ちに新聞等にも報道された。
(二) 原告の代表者とその親族は本件貸室と同一ビルに居住しているが、右事件に示されたとおり、今後も暴力団組織の抗争による被害を受ける可能性があるという現実的危険に直面するに至った。
(三) また、原告とその関係者、近隣住民の平和な日常生活、店舗の平穏な営業に対し以前にもましてより一層の不安を与え、右事件を契機として、近隣の商店会や町内会等の団体、ビルの他の居住者等から、原告に対して組事務所の排除をするよう申入れがされた。
(四) このように、被告は、賃借人としてはビルの共同生活の秩序を守り、近隣より苦情が出たり他人の迷惑になるような行為をしてはならないという義務にも反したものである。
5 被告は以前から賃料等を滞納しがちであったが、平成六年一一月末を経過した時点で、同年一一月分と一二月分の二か月分の賃料等を滞納した。
6 右2ないし5記載の各事実は、原告との信頼関係を破壊する背信行為であり、本件賃貸借契約をこれ以上継続しがたい重大な事由である。
そこで、原告は被告に対し、平成六年一二月一四日到達の内容証明郵便をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
7 よって、原告は被告に対し、賃貸借契約終了に基づき本件貸室の明渡並びに平成六年一一月一日から本件貸室明渡ずみまで一か月一四万六〇二三円の割合による延滞賃料等又は建物使用損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2につき、(一)は認める。(二)のうち、被告が本件貸室を「乙野興業」の名称の暴力団組事務所として使用していることは否認し、その余は認める。(三)は否認する。
3 同3につき、(一)は否認する。(二)、(三)は知らない。(四)は認める。
本件ビルの六階には○○一家の××会の会長補佐であるAも賃借しており、このことは原告も同人の素性を知った上で賃貸している。
4 同4のうち、原告主張の新聞等の報道がされたことは認める。しかし、被告の所属する組織と他の組織との和解が成立しているので、今後同種の抗争事件が起こる可能性はないと考えられる。被告としても近隣住民の平穏な生活を保持できるように今後同種事件が発生しないよう、また近隣住民との間に各種の紛争が起こらないように努力するつもりでいる。
5 同5につき、被告は原告に対し、賃料支払のため現実に原告の店舗に赴き弁済の提供をしたが、原告はこの受領を拒否したため滞納となっているに過ぎない。
6 同6につき、原告主張の内容証明郵便が送達されたことは認め、その余は争う。被告と原告は和気藹々とした交際をしているものであり、右抗争事件を除いて、原被告間の信頼関係を破壊するような状況にはない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 同2につき、(一)の事実、(二)のうち、「乙野興業」が暴力団対策法の指定暴力団である「国粋会」の系列下に属する組であり、被告を組長とし、構成員は約二〇名程度とされていることは当事者間に争いがない。
そして、甲第二号証の一、第四号証、第六号証、第一〇号証、第一一号証の一ないし四、証人馬橋文信の証言、被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五九年四月に本件貸室に入居した後、本件貸室を「乙野興業」なる名称の暴力団組事務所として使用していること、当初の賃貸借契約は不動産業者の仲介によるものであり、物産会社の事務所として使用するとのことであったため、原告としては、被告が暴力団関係者であることは知らず、貸した部屋が暴力団組事務所として使用されることは全く予測できなかったものであったことが認められる。
三 請求原因3(四)の事実は当事者間に争いがなく、甲第四号証、第六号証、第一〇号証、第一一号証の一ないし四、証人馬橋文信の証言、被告本人尋問の結果によると、本件貸室の中には神棚、日本国粋会総本部から被告に贈られた代紋の額縁、松葉会から被告に贈られた「任侠魂」の額、先代の写真等が飾られ、一見して暴力団組事務所とわかる状況になっており、破門状が張り出されていたこともあったこと、被告の入居後、本件貸室の存する本件ビルの周辺にはベンツの車が何台も来たり、暴力団関係者らしい者が頻繁に出入りするようになったこと、本件ビルの一階は原告の営業する和菓子売場兼喫茶ペースになっているが、そこにも組関係者らしき者が出入りするようになったこと、原告代表者らは、被告の入居後、次第に本件貸室が暴力団組事務所として使用されていることが判明し、大変なことになった、被告を退去させたいと考えたが、後難を恐れ、正面から立退きを求めることはできなかったこと、本件ビルには他に居住者やテナントが存するが、これらの人たちや近隣の人からも原告に対して苦情が出されるようになったこと、以上の事実が認められる。
被告は、本件ビルの六階には○○一家の××会の会長補佐であるAも賃借しており、このことは原告も同人の素性を知った上で賃貸している旨主張するが、証人馬橋文信の証言によると、同室は吉田澄子の名義で賃借されており、原告は当初Aなる人物は知らなかったもので、暴力団関係者の出入りも目に付かず、トラブルも生じていないことが認められ、被告の右主張を認めることはできない。
四 請求原因4のうち、原告主張の新聞等の報道がされたことは当事者間に争いがなく、甲第二号証の一、二、第三号証、第四号証、第六号証、第七号証の一ないし四、第一〇号証、第一一号証の五、証人馬橋文信の証言、被告本人尋問の結果によると、平成六年一一月一七日午前四時半頃、本件貸室のドアに銃弾三発が撃ち込まれ、鉄製のドア板等に銃弾貫通した穴が開けられるという事件が発生したこと、右事件は、被告の所属する暴力団組織(暴力団対策法指定暴力団である国粋会)と他の組織(同様に指定暴力団である山口組)の一連の抗争事件の一つとして起こったものであること、原告の代表者とその親族は本件貸室と同一ビルに居住しているが、右事件は、原告とその関係者、近隣住民の平和な日常生活、店舗の平穏な営業に対し以前にもまして一層の不安を与え、右事件を契機として、近隣の商店会や町内会等の団体、ビルの他の居住者等から原告に対して組事務所の排除をするよう申入れがされたこと、以上の事実が認められる。
被告は、被告の所属する組織と他の組織との和解が成立しているので、今後同種の抗争事件が起こる可能性はないと考えられ、被告としても近隣住民の平穏な生活を保持できるように今後同種事件が発生しないよう、また近隣住民との間に各種の紛争が起こらないように努力するつもりでいる旨主張する。
しかしながら、被告本人尋問の結果によるも、被告が右のような努力をしている事実は全く窺えず、また、前記認定の事実によれば、本件ビルに居住する原告代表者やその家族、同ビルの他の居住者、近隣住民らが、今後も暴力団組織の抗争に巻き込まれ、これによって被害を受ける可能性は高いというべきである。
したがって、被告が、賃借人としてビルの共同生活の秩序を守り、近隣より苦情が出たり他人の迷惑になるような行為をしてはならないとの義務に反していることは明らかである。
五 甲第六号証、証人馬橋文信の証言によれば、請求原因5の事実を認めることができる。
被告は、原告に対して賃料支払のため現実に原告の店舗に赴き弁済の提供をしたが、原告はこの受領を拒否したため滞納となっているに過ぎない旨主張し、その本人尋問においても、平成七年一月、溜まった賃料を通帳に挟んで原告に差し出した旨供述する。
しかしながら、甲第六号証、証人馬橋文信の証言によれば、被告が原告方に滞納賃料等を持参したのは、原告が被告に対して本件賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を発し、本件貸室について占有移転禁止の仮処分執行をした後のことであったので、応対した馬橋文信が被告に対し、賃料としては受け取れない、弁護士に一任してあるので、話は弁護士にして欲しい旨返答したものであって、被告は、その後滞納を続け、現在に至るも供託をしていないことが認められる。
六 請求原因6のうち、原告が被告に対し、平成六年一二月一四日到達の内容証明郵便をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
そして、前記二ないし五で認定した被告の各行為は、原告との信頼関係を破壊する背信行為であって、本件賃貸借契約を継続しがたい重大な事由であるというべきであり、原告の右契約解除の意思表示により、本件賃貸借契約は解除されたことになる。
被告は、原告と和気藹々とした交際をしているものであり、前記抗争事件を除いて、原被告間の信頼関係を破壊するような状況にはない旨主張するが、前記認定の事実からみてそのように解することは到底できない。
七 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官森髙重久)
別紙物件目録<省略>
別紙道玄坂プラザ仁科屋ビル平面図<省略>